いいちこ@あまのっちの信心ブログ

浄土真宗の信心について、味わいを中心に書いていきます。

なぜ信心が大事なのか?

合掌

お疲れ様です。 暑い日が続きますが、お気をつけてくださいませ。

真宗においては、信心をやかましくいいます。というのは、阿弥陀仏が、十劫もの昔に、我らがために救いを完成させたと、だから私たちは、すでに救われていることに気づいたことが、信心だという無帰命安心→安心論題/帰命義趣 - WikiArc があるからだ。

そのゆえに、信心の内容が、問題になってくる。

わからないと言ってはおられない、大事な問題なのです。

安心論題/信心正因 - WikiArc

私の思う信心を、この中から引用させていただきます。

なぜ信心が正因になるのかという理由をうかがいますと、阿弥陀仏がすでに衆生の往生成仏すべき願と行、智慧と慈悲、自利利他の徳をまどかに成就せられ、これを名号としてわたくしどもに与えてくださっているから、これをいただく信心一つで、往生成仏の果を得べき因徳が、わたくしの上にそなわるのであります。つまり、本願成就の名号が往生成仏の業因であるから、これを信受するのみで仏となるべき身に定まるのであります。

明快です。私から、お念仏がでたら、それを耳で聞かせていただくと、お前を仏に生まれさせるぞ!と聞こえたのです。

疑うもなにもない、そのまま受け取りました。ありがたいことです。それから相続して、お念仏がでてくださるのです。

ところがそうか、そう聞こえたのが信心か?と理解して聞くのは人それぞれなので、そのまま受け取らないように、本願をよくよくお聴きください。

南無阿弥陀仏